ヘミソフィア

補完ブログ

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Psyche1---ひつじとぼく

 街から遠く離れた森の中にある小さな小屋、それが僕の家。
正確に言えば「おとうさん」の家であって、僕の家って表現は的確じゃないのかもしれない。
でも、僕の生まれた家であって、僕が今おとうさんと住んでいる「僕の家」だ。

 僕の名前はフェズ。トルコの言葉で青い都って意味。青白く光る研究室のビーカーの中で生まれたから、そういう名前がつけられた。この小屋の地下にある研究室のビーカーっていうのは、つまり、僕は自然にできた命じゃなくって、人工的に作られた命ってこと。キメラって人は呼ぶらしい。
 ただ、僕はおとうさんの実験の失敗作だ。その証拠に、僕には白い獣の耳と尻尾がある。
 僕のおとうさんは博士って呼ばれている。いろんな命を生み出すことがお仕事らしい。僕もおとうさんが作ってくれた。ただ、僕の場合は実験の最中にアクシデントがあって、完全な人型にはなれなかった。おとうさんの予定では、もっと違う誰かが生まれるはずだったらしい。きっと、獣の耳も尻尾もない、完全に人間な誰かが生まれるはずだったのだろう。それでもおとうさんは僕を育てることにしてくれた。ただ作っただけの、失敗作の僕を。
 遺伝子上では、耳と尻尾の遺伝子に当たる獣が僕の親になるらしいけど、実感は無いし、どうでもいい。おとうさんは失敗作の僕を育てることを選んでくれた。この、不便な森の中に隠れてまで、僕と一緒に居てくれる僕はそんなおとうさんに感謝もしてるし、ほんとうのおとうさんだと思ってる。
 この小屋は、そんな僕とお父さんの住んでいる小屋だ。
 小屋には研究室の他に羊小屋があって、10匹くらいの羊が今日も囲いの中でもこもこと動いている。

 羊っていう生き物は、いつ見ても群れていて群れていなきゃ生きていられない、惨めな生き物だなぁと僕は思う。何も判らずに毛を刈られて、搾取されたあげくに最後には食べられちゃうなんて、惨めだ。
「君たちは、どうしてそんなに惨めな生き物なの?」
 じっと羊の目を見つめて問いかけても、当然答えなんて返ってこない。でも、羊の何か企んでいるような目で僕を見つめ返してくるときがあって、ちょっと怖いと感じるときもある。
 そんな下らないことをしていると、おとうさんが小屋の扉をギィィと音をたてながら出てきた。

「フェズ、何をボーッとしてるの?暇なら羊を放牧に行ってきてちょうだい。この扉、立て付けが悪くなっちゃったみたいね。ウィーゼルに修理してもらわなきゃ。羊を放牧するついでにウィーゼルにお願いしてきてね」
 おとうさんは銀色なのか白髪なのか微妙な色合いの長い髪を結んで、白いワンピースにを着ている。おとうさんは元々色白だから、雪の中に立ったら、きっと何処に居るのか判らなくなるんじゃないかって心配になる。
「おとうさんが行ってよ。僕羊は嫌いだていつも言ってるでしょ?それに、僕、オッサンがどこに居るか知らないよ」
 おとうさんの服装からするに自分で羊を連れていく気は無いらしいということは判りつつも、少しは文句を言ってみる。僕だって面倒なことはやりたくないし、何の異論も申し立てずに従うだけだったら、羊と同じだ。

「私は研究が忙しいから、暇なフェズが行くのが妥当だと思うんだけど?それとも、フェズは忙しいおとうさんの手伝いもしてくれない悪い子だったの?」
 ガッカリした表情で見つめらてると、僕はなんとも言いがたい感情に襲われる。僕の存在だけでも十分ガッカリなのに、これ以上がっかりさせたくない。俯いて「そんなことはないけど…」と言うと「じゃぁ、よろしくね」とおとうさんはうれしそうに放牧に必要な道具を僕に渡し、僕の頭を髪の毛がくしゃくしゃになるほど撫でた。「気をつけて行ってくるのよ、夕飯までには帰ってきなさいね」と言って小屋の中に戻っていった。
 僕はため息をしてから、渋々羊の放牧に行くことにした。
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